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2015年現場振り返り

2015年のジャニ現場は4作品6公演でした!なんと!番協とか募金とかにも行ってないから、ジャニタレを生で見る機会は本当にこの6回だけでした。
ジャニ以外にうつつを抜かしていたわけでもなく(宝塚には1回行った)、単純にブイがブイコン以外に誰も舞台をやらなかったから、というのが大きいかと思われます。舞台が一つもない年なんて、ブイ担になって10年で初めてでは。その反動とは思いたくないけど、もう既に6公演分のチケットを確保済な今年がこわい。

現場数が少なかったから、全部ブログ書けてるよ!えらい!(自画自賛) なので振り返りと言いつつリンクだけ貼っておきます。

・Endless SHOCK(帝劇・2015/3/7)
pritznn.hatenablog.com

・KOICHI DOMOTO LIVE TOUR 2015 Spiral(城ホ・2015/7/29昼)
pritznn.hatenablog.com

・V6 LIVE TOUR 2015 -SINCE1995~FOREVER-(城ホ・2015/9/6、横アリ・2015/9/21)
pritznn.hatenablog.com

・Endless SHOCK(梅芸・2015/9/22)
pritznn.hatenablog.com

・2015-2016 Concert KinKi Kids(京セラ・2015/12/20)
pritznn.hatenablog.com

2015年のメインイベントであったブイコン20周年ツアーが激戦で2回しか入れなかったんだけど、申込む時点で激戦なのは見えてたから「大阪と横アリ1回でも入れればいいわ」と思ってその通りに入れたので、実は残念感は無いのです。ブイコンに関する記事にも書いたけど、代々木オーラスも「そこまで切実に入りたいわけじゃないな」と感じて早々と諦めてたし。

最近よく考えるテーマは「なぜ同じ現場に何回も入りたいのか」。
「0回 or 1回以上」についても思うところはあるけど、ここで考えているのは「1回 or 2回以上」について。

ジャニオタになりたての頃は時間の自由がきいたこともあって、息をするように多ステしていました。さほど無理せず多ステできる人しか追いかけてなかった、というのもあるだろうけど。でも例えば、1名義で一つも当たらないとか、譲ってもらえるほど余ってないとか、そんな状況でも複数回入りたいって頑張りたくなってしまうのは何が目的なんだろうなと、ふと疑問に思ってしまったのでした。

もちろん公演ごとに変わる演出やMCとか、ハプニングとか、会場や観る席の違いとか、複数回入る醍醐味は分かってます。私も今まで散々やってるので。でも、記憶力が無いから前回までとの違いに気付けないこともよくあるし、双眼鏡で自担を追うよりモニター見てることの方が多いし、表現力もないからコンレポも出来ないし。じゃあ、一体何のためにわざわざ何度も現場に行くんだろう?頑張ってチケット取っても、それに見合うだけの何かを得られているんだろうか?

落選祭りの負のオーラにあてられたのかもしれないけど、そんなことをグルグル考えていたら、私なんて11/1代々木1万人の観客のうちの1人としてその価値を有効活用できるファンじゃないなと思えてきて、だからまぁいいやという気持ちになったのでした。

キンキやSMAPや嵐のドームコンに行くと、他Gなんて興味のない、1〜2年に1度のコンサートで憧れのアイドルに逢えることを楽しみに来ているんだろうなぁというファンをよく見かけます。いや、多分こういうファンが一般的で、憧れのアイドルのコンサートに元気を貰ってツラい日常を乗り切るのでしょう。
前の公演内容や他Gコンの演出と比較したり、双眼鏡で衣装の刺繍の量を観察したり、自担の将来を憂いて呪ったりしながら観ている自分は、他の一般的なファンと比べると素直に楽しめていないんじゃないかと、心配になったりもします。
多ステが当たり前になると、ツアーが終わったり入れない公演があったりすると逆に現場ロスでツラくなるんですよ。現場に入れば入るほどツラくなるの、たった1回の公演を有難がってるファンから見ると、なかなか勿体無いことですよね。

「多ステはよくない」ってことが言いたいわけじゃなくて、「それでも多ステしたくなるのってなんでだろうな」という素朴な疑問についてダラダラと書いてみただけです。答えはまだ出ていません。

そんなことをうだうだと考えていたら、まーミュコンが決まりました。2/5(金)〜7(日)、渋谷のオーチャードホールで4公演のみ。私は反射的に「金曜から日曜まで3日間渋谷に行く!」と叫んでいました。多ステとは…(笑)
でも、全ステしたいというよりは、仕事や家庭の事情だとか、上京ついでにSHOCKを観ようとか、そういう理由で行ける公演を絞ってしまうのは切実さが足りない気がして、チケットが取れようが取れまいがとりあえず3日間渋谷にいれば可能性は上がるでしょ?!くらいの意識だった気もします。強火。
「切実」ってチケットを求めるツイートの頻出ワードだけど、現場入れなかったからって死ぬわけじゃないし、もちろん私もまーミュコン見れなくたって死なないんだけど、じゃあ現場に切実に入りたい欲求とはどれほどのものなのか。

一般的に、演劇よりコンサートの方が多ステ欲が高いのではないかと思います。ツアー全ステは聞くけど、例えばSHOCKやジャニワを全ステする人なんて滅多に聞かない。いたらヤバイ。コンサートは映像化される率が高いけれど、舞台は映像化される率が低いので、記憶したい欲から考えると舞台の方がたくさん入りたくなりそうなものなのに。もちろん公演回数やチケット代の違いもあるだろうけど、コンサートの方が興奮度が高いことや、流動的要素(セトリや演出の変更、MC、アドリブ)が多いこと、素の表情が見れることなどが理由かと思います。対して演劇は、基本的に同じ台本の同じ演出を毎回なぞるものなので、流動的要素が低いことがリピート欲を掻き立てないのでしょう。

私もコンサートの方が血沸き肉躍ることは認めるけど、ほとんどが映像化されることと、ツイッターのコンレポ文化のおかげで「この目で見たい」という欲はかなり収まった気がします。
コンレポ職人さんたちの140文字に萌えやツボを詰め込む技術は本当に素晴らしく、入っていない他G公演のものでも楽しませてもらっています。まるでこの目で見たかのように、その公演やグループに親近感を覚えます。

入っていない公演のコンレポは、時間差で色んな方が投下する情報を繋ぎ合わせて想像する作業になります。これが、面白い。事実は1つのはずなのに、人によってここまで視点や切り取り方、解釈が違うんだなということがよく分かる。
自分が入った公演のコンレポは、自分の記憶と照らし合わせて補完できますが、あくまで正解は「自分の記憶」なので、ほぼブレることはありません。入る席による見え方の違いだけじゃなく、同じものをどう解釈するかの違いがあるかと思います。例えばあの場面で彼は笑顔だったように私は見えたけど、困り顔だったと言う人もいるように。
どんなものに対しても人それぞれのスタンスに基づく解釈があるし、思い入れのあるものであれば余計に、自分の目で自分の解釈で見たいがために、現場に入れるだけ入りたいのかもしれません。
私は自分の解釈にそこまでのこだわりも誇りもないから、他の人のレポをこだわりなく楽しんでしまえてるのではないのかな。そんな気もしてきました。

私はコンサートも好きだけど、舞台も好きで、ミュージカルでもストレートプレイでも歌舞伎でも2.5次元でも、とにかく演劇界が盛り上がってくれると嬉しい。演劇についてあれこれ語れるほど見る眼は持ってないけど、私も観れるならたくさん観たくて、でもそれよりも、多くの方に観ていただいて色んな眼で色んな解釈をしてもらいたいなと思っています。1人の身体で入れる数は限られてるから、少しずつでもたくさんの人が入った方が、演劇市場はきっと盛り上がるはず。

なんだか色んな話をとめどなく書いてしまったけれど、私はエンタメが大好きなんです。大災害や危機に脅かされた時に真っ先に存在が危うくなるのがエンタメです。だって、エンタメが無くても死なないから。でも、エンタメに元気をもらえて精神的に生かされるのであれば、必要な存在になるのです。エンタメがあるのが当たり前だと思って、その大切さを忘れてないかな、ということは意識してこれからも楽しみたいです。