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Endless SHOCK 2015 帝劇

15周年のSHOCKです。斗真が出た2007年以降しか観ていないので、ストーリーに大きな変化は少ないとは思いますが、色んなSHOCKを観てきたんだなと改めて感じます。
ほぼ毎年観ているとは言え、帝劇1回大阪1回とかのレベルだし、過去は振り返らないスタンスなので(単に過去映像を見返すことがあまりない)前回までとの比較も出来ないし、記憶力もなく幕間に早速「忘れた!メモ取っとくべきだった!」と叫ぶ始末だったので、具体的な感想は相変わらず書けません。なので、SHOCKを観ながら考えた、SHOCKとはあまり関係ないかもしれないことをダラダラ述べてみます。

後輩育成の場

カンパニーJr.枠、去年はふぉ〜ゆ〜4人+亮太+優太(大吾)の6人でしたが、今年はふぉゆ福田越岡+優太+岸1+のんちゃん+しょうきの6人に変わりました。私が見始めた頃のカンパニーはMAの屋良米町とオーナー秋山で、子供の頃から一緒に走り続けてきた仲間の物語でしたが、今では世代差のあるカンパニーとなり、オーナーもリカの親世代になりました。
SHOCKはキャストスタッフへの要求レベルが高い舞台で、メンバーが固定になるのも致し方あるまいと思っていましたが、新メンバーを投入するということは、事務所としてSHOCKを若い子たちを育てる場と考えているのでしょう。人材育成は普通の会社員も共感する課題です。スマキスバーター問題にもあるように、事務所として若手を育てる役割を先輩が担う体制作りが出来ているのだと思います。
ところで、トキブイはコンサートにバックJr.を付けません。TOKIOはバンドだから仕方ないですが、20周年オーラスを見ても分かるように、事務所の兄貴分として後輩に慕われています。ブイもかつてはバックJr.を付けていたので、当時付いていた嵐滝翼などは昔を懐かしんで慕ってくれますが、今、後輩と関わっているメンバーはほぼいません。イノのモウソリストも終わってしまいましたし、斗真ちゃんペロペロ妖怪のオカダさんくらいでしょうか。今更バックJr.を付けろとは言いませんが、事務所的にブイには後輩育成のミッションは与えられていないのでしょうか。フランでヒガシパイセンと共演したまーくんさんが、自分も後輩と舞台を、って言ってたような記憶があるんですが一体どうなってるんですかマージカル。(結局それ)

【追記】
「ブイは後輩を育成しなくてもいいのか」という疑問をつらつら書き連ねていたのですが(SHOCK感想なのに)、下書きに放置している間に急展開を迎えました。JUMPとの24時間テレビ二世代パーソナリティーです。まーくんさんの言ってた「後輩との舞台」がこんな大舞台になるなんて!去年だってエイトとTOKIOの二世代っぽいところはありましたが、V6とJUMPはこれまでほぼ関わることがなかったはずなので、JUMPの初パーソナリティー仕事に先輩としていい形で絡めるといいですね。人見知り先輩たちガンバレ!

立ち止まるべきか、走り続けるべきか

演出面でも、今年も変更点は数々あり、正直これはどうかなーと思うところも少なからずありましたが、ソリタリ・デッドオアアライブ・ハイヤー・夜の海があれば「好きーーー!」と叫ぶしかなくなる性癖なので、「やっぱり好きーーー!」と叫びながら帝劇を後にしました。
そんな私も、1幕が終わった時点では「立ち止まろう?!」と叫んでいました。
1幕の大きな変更点は、劇中劇の最初がダンシング〜に変更したことと楽屋で2人がバトるところに曲が出来たこと。ダンシング〜自体は昨年からの施策である(と勝手に思ってる)ミュージカル化計画に準じた変更ですし、曲自体も悪くないと思います。ただ、曲の華やかさに比べると舞台美術が淡白すぎるので、何かセットがあるといいなと感じました。馬でもいい*1。楽屋シーンのミッシングハートもミュージカルあるあるで良いと思うのですが、台詞からの流れが不自然に感じました。
去年の最大の変更点である2幕最後のコンティニューは、去年に比べると断然良くなっていたので(どう変わったのかは判らない)、手を打つ時間があれば何とかなる問題なのかもしれません。もしくは、不自然に感じているのは私を含むごく少数で、実は手を打つ必要もない好みの問題なのかも。でも、外部の演出家さんの手を借りてみてもいいかもしれないなと、少し考えました。例えば宝塚の小池先生とか、G2さん、裕美さん、宮田さんとか。ジャニーズの様式美を理解している方しかジャニーズ舞台の演出は出来ないし、だから宝塚も専属演出家さんしか演出しない体制だと思うんですけど、立ち止まって一度外の目で見てもらうことで、手っ取り早く新しい風を入れられる気がします。かつて、プレゾンの劇中劇でシェークスピアをやるシーンだけを蜷川さんに演出していただいたことがあるそうなので、前例がないわけでもない。常々、こーさまには一度外部舞台に出てみてもらいたいと願っているけど、SHOCKのスケジュールで厳しいのなら、その代替案でもあります。立ち止まってもまた走り出せばいいんだから、立ち止まってみてはどうかと思ったのでした。

優太のこと

Sランクお兄ちゃんなので、もう心配しながら見ることはなくなりました。コウイチがユウタのことを「可愛い!丸呑みしたい!」と言うの、萌えレベル上がってるね…。前回までなら丸呑みも同意だったけど、その後にガムシャラやガチャの優太を見たらJr.のいい兄貴分で、もう優太の印象は変わってしまいました。カンパニー最年少の心細げな顔は演技だったのか。役者や…。大桜のガン泣きは健在で、ヤラの近くにいながら何を想って泣くのか優太に訊きたいです。普段は基本座長にロックオンしていることが多く、他のメンバーの動きは全然見えてないのですが、階段落ち前の殺陣シーン(ジャパネスク)では、取り憑かれたような惨忍な笑顔でコウイチを斬っているマタギ姿のユウタがいました。ドSのSランク。ジャパネスクも劇中劇なので、普段のユウタとはキャラクタが違って当たり前なのですが、若いけど役者や…と感心しました。

リカのこと

今回のパンフレットでこーさまが「正直、役名に本名を使ったのは失敗だったと思ってますね」と言っていました。「役名と本名が同じだと、お客様の中で、どうしてもそのふたつをイコールに感じられてしまう可能性があります」と。そもそもなぜ本名にしたのか、他のジャニーズ舞台はどうなのか、というところは一旦置いておいて、リカだけは本名ではなく役名です。リカ役だけは確実に事務所外のキャストになるため、毎年変わることが分かっていたからかもしれません。でもライバル役も固定キャストではなく、ツバサ、リョウ、トウマ、ヤラ、ウチと変わっています。

「この作品は男性主導で作っているので、女性の想いを理解出来ない部分は絶対にある。」
(略)
―― そう考えると『Endless SHOCK』は、リカの成長物語でもあるんですよね。
「そうなんですよ。リカっていう存在が、ある意味でこの物語の象徴でもあるので。」

適切な表現ではないかもしれないけれど、リカの存在は「カンパニーの男性陣が求める理想の女の子像」なのではないかと感じています。男性陣は役名と本名が同じだから観客はイコールで観てしまって、役を通して彼ら本人のことを考えずにはいられない。でもリカについては、誰が演じようとも「リカ」であってくれれば良いと思っているのではなかろうか。「俺を刺してくれ」とヤラがナイフを渡す相手が、なぜコウイチじゃなくリカなのか、ずっと納得できてないのだけれど「この人に刺されたい」という動機じゃなくて、別の何かをリカに託している気がする。それをリカはどう思っているんだろう。
私はジャニオタだからジャニっ子に注目しがちだけど、リカの目からSHOCKを観てみたいなと思っています。

LEDパネルのこと

私が観劇したのは3/7のマチネ公演でした。観劇後にこの上までだいたい書いて、千秋楽後にアップしようと置いていたのですが、3/19に事故が起こってしまいました。
事故を知った時には本当に息が止まる思いでしたが、心配していたよりは大事に至らなかったようで、それだけは良かったです。このような形の事故は今回が初めてだけど怪我はそれなりにあるから(公表されたりされなかったりだけど)、SHOCKを見守るファンは、他の舞台よりも一層、演者さんが無事に公演を終えられますようにと祈っています。
事故のあった可動式LEDパネルを使わない演出に変更して、翌日から舞台は再開しました。私は変更後の演出は観れてないのですが、観た方によれば、さほど違和感は感じなかったようです。帝劇千秋楽では秋の大阪・博多座公演が発表になりましたが、そちらでも可動式LEDパネルは使わないそうです。

映像がLEDに変わった時に「鮮明になることで味わいが無くなる」といったことをこーさまが言っていたなと、今回観劇しながら思い出していました。ステージの映像演出は舞台だけでなくコンサートでも使われます。コンサートは会場が広いので鮮明になることのメリットは大きいですが、舞台は距離が近いため、鮮明すぎることでうるさく感じることもあるように思います。演技だけでなく映像や装置などが舞台の印象に与える影響は小さくないと思っているのですが、私はセンスがないので、どんな映像が効果的なのかサッパリ見当がつきません。こういった映像演出を専門で手掛けるスタッフさんがいるのでしょうか。舞台を観ているとどうしても主役級の役者さんに目が行きがちですが、多くのスタッフさんの手によって作られているんだなと改めて感じました。

*1:ブイ担にとって馬と言えば、OMGコンのツアー初期に消滅した、幻の馬のこと