君が人生の時

君が人生の時 | 新国立劇場 演劇

去年の11/22にこの公演が発表された時、大好きなミュージカルでもないのに大喜びしたのでした。作品の感想の前に、まずはその話をさせてほしい。

以前のエントリーでも散々書き散らし、呪いは(ある程度)晴れたと書いてしまっているのでかいつまんで説明すると、まーくんさんにはグローブ座*1プロデュースじゃない本当の外部舞台に出てほしい、という願いがあったのです。
ゾロは自分から受けたオーディションで、それも良いんだけど、外部の舞台関係者から「この舞台にぜひ出てほしい」というオファーがあって出演した作品って今までなかったんじゃなかろうか?という疑問が生まれ、長年呪ってきたのでした。

グローブ座主催公演でも作品の内容には満足してきたので、何をそんなに呪っていたのかというと、事務所の力がなくても役者として業界に認められたいという気持ちと、事務所が良い作品を良い座組で制作することができなくなるのではという不安からでした。特にミュージカルは、ホリプロとかアミューズとか力を入れる事務所が増えてきたし、キンキーブーツとかビリーエリオットとかの有名作がどんどん上演されてるし、この事務所でいい感じの海外作品の版権を取って上演することって今後可能なんだろうか?(大きなお世話すぎる)

昨年のマーダー・フォー・トゥーは「企画・製作 テレビ朝日、シーエーティー」とグローブ座の名前がなくなり、おっ?何か風向きが変わってきた?と感じていたのですが、今回の「君が人生の時」は新国立劇場の2016/2017シーズンプログラムの1つとして、新国立劇場の演劇芸術監督である宮田慶子さんが演出される舞台ということで、これは間違いなく新国立劇場側で考えた座組。ここにまーくんさんの名前を挙げていただけた!ウチの子が役者として認められた!!とモンペは歓声をあげたのでした。

マーダーで読売演劇大賞優秀男優賞はいただいていましたがミュージカルですし、ストレートプレイなんて本当にグローブ座の限られた作品しか出ていません。よく呼んでくださったなと驚きましたし、まーくんさん自身も驚いていました。

私は、まーくんさんのことをミュージカルスターとして応援したい、という想いからファンになったので、アイドルとしてのまーくんさんのファンとはスタンスが違うのかもしれません。私はアイドルとしてのまーくんさんも勿論好きだけど、一生死ぬまでアイドルでいて欲しいと望むことはできないし、どれだけ歳を取ってもアイドルとしての彼のファンでいつづけられるかというと自信はない。でも、一生死ぬまで役者をしたいと言うならそれは心から応援できる。だから、役者としての幅が広がるのは、本当に嬉しいことなのです。

そんな調子だったので、舞台を観る以前にすっかり満足してしまって、わざわざ観に行かなくてもいいんじゃないかな?!と思うくらいだったんだけど、せっかくチケットも取れたし観てきましたよ。

今回、FC枠では取れなかった方がそこそこいたようで、でも感覚的にまー担名義はわりと取れてて、それはマーダーと同傾向だったのでそんなものかと納得していました。でも、一般発売前のぴあ演劇DM先行や劇場枠など一般向けの枠はそこそこ残っており、チケット譲渡のツイートや掲示もたくさん出ていました。近年のまーくんさん現場ではあまりない状況にドキドキでしたが「一般の方に観ていただく」というのが本望でもあったので、いつもと少し違う客層は嬉しかったです。

以降、もう公演も終わりだからネタバレ一切気にせず書いちゃう私の感想。

1939年10月、移民たちが多く集まるサンフランシスコのある安酒場における、ある一日を描いた群像劇です。
酒場の人々の会話を定点観測しているような内容。様々な人たちがやってきて話す言葉を聞くことで、それぞれの人生を見ることが出来た気がするし、自分の人生と重ね合わせて共感したりもできる。
トーリーに沿って感想を述べるのは難しいので、個人的に気になった点をつらつらと。

  • 兄貴の金の出所や足が悪いこと

ト書きのついた脚本を読んでいる役者と演出家がジョーの言動の謎について何日も議論するくらいなので、3回観ただけの私に分からなくても仕方ありません。謎の男。いいじゃないですか。(諦めモード)
「昔はたくさん働いたが今は働いていない」「金持ちから得た金ではなく、金の無い人達から集めた金」「収入源の相手が分かっていたらもっと罪悪感が生まれる」という台詞が推理のポイントかと。
あと足を悪くしたのはいつなのか。拳銃の扱い方を知らないということは、足のために兵役免除になったのではないか。戦争には出てなさそう。そもそも移民は国籍が違うと徴兵されないのかな?

  • トムと兄貴の3年間

兄貴の金の出所よりももっと謎なのが、トムの金の出所。兄貴、もしかして3年間もトムの衣食住の世話をしてやってるの??何が目的で???
トムと最初に出会った時に兄貴が作ってくれた(作った??)チキンスープの話、私はイノに振る舞ったトマトから作るトマトスープを思い出さずにいられなかったよ。そしてシモの世話以外何でもしてくれるトムを見ていると、付き人さんを思い出さずにいられなかったよ。

  • キティの語る嘘と真実

キティが語る経歴は、願望から生まれた妄言が大半なんだけど、そんな願望を持っていたということは本当なのだろう。「仕事は今さがしてる」と答えた時に「どんな仕事を?」と問われて「女優」とは答えられなかった。キティが夢見ていたのは、女優の自分を見初めてくれた人と結婚して、女優は辞め、裕福な家庭に入ること。別に女優という仕事がしたいわけではないのだ。
女優をしていたというキティの言葉も、キットの武勇伝も、皆は信じていないが、兄貴は黙って聞いてあげる。私にはどこが嘘なのか判断できないから、やはり聞くことしかできない。なんで嘘だって言えるんだろう。嘘だったらどうなんだろうか。別にその嘘によって誰かが不利益を被るわけでもないのに。だってそもそもこれはお芝居だから、全部嘘でしょう?
嘘じゃないもん!と叫ぶキティは、まるで子供のよう。妄想の世界で生きることで、精神を安定させているようにも思える。兄貴がキティに高級な部屋と服を与えた時「こんなところで暮らしていたら、自分がそのような人間だと思い込んでしまう」と言っていたけれど、環境と自己暗示の影響は大きいと思う。

  • 子供が欲しいキティと、娼婦という仕事について

家庭が欲しい、子供が欲しいと語るキティ。でもトムとの結婚を具体的に考えた時「トムは子供を欲しがるでしょうね。でも私は子供はもう…」と呟き、兄貴は「あいつ自身子供みたいなものだから」とフォローする。キティは子供が産めない身体なのでしょう。娼婦が妊娠してしまうのは商売上支障あるけど、避妊は出来ないだろうし、中絶で産めない身体になったのか、産めない身体にするのだろうか。

  • 結婚して子供を3人授かる夢

兄貴は6〜7年前に結婚を考えた女性がいて、でも実は彼女には婚約者がいた。彼女との間の子供は3人で3番目はちょっとバカで可愛い、という想像までしていた。彼女と結婚できなくなって、そのかわいい3番目の子供に会えなくなったのが残念。これは、彼女と同じ名前のメアリーに兄貴が語るエピソード。メアリー自身もほぼ同時期に婚約中で同じ場所にいたと盛り上がるけど、もちろん別人。
トムのことを面倒みてるのは、ちょっとバカで可愛い3番目の子の姿を見ているのかもしれないなぁ。

  • 憲兵と看護婦の愛と死

「愛する彼女に会えなくて死んでしまいたい」と言う男と「何も知らない鳥ならともかく、死を知っている私たちに愛なんて意味があるんだろうか」と言う女。
2回目の観劇直前に、ガンで闘病していた小林麻央ちゃんが亡くなりました。最期の言葉が「愛してる」だったことを、このシーンを観ながら考えずにはいられませんでした。
残された短い時間だけでも愛し合おう、という結論を出す2人。とてもピュアな美しいカップルです。

  • おもちゃと新聞と拳銃

兄貴が買ったものの一部。おもちゃも謎だから人によって解釈は違うだろうけど、「人を笑顔にするもの」の原理が知りたかったのかなと。泣くキティに持っていったメリーゴーランドは、ベビーベッドに付けて赤ちゃんをあやすメリーみたい。「学んでいる」と言っていたから、新聞をたくさん読むのは学ぶためだし、新聞売りを笑顔にするために残部を全部買ってあげる。世界地図は、移民たちが語る出身地を知るため。
拳銃も、幸せを守るために必要だと考えたのでは。あれ?それならなんで後で手放そうとしたんだっけ?

  • 風紀の乱れを取り締まるのは誰のため?

「取り締まるのは市民のため」「市民はそんなこと求めてない」
デモも娼婦も、警察が取り締まるのは間違ってはいない。風紀の乱れで市民生活に支障が出るのを防ぐという理屈もわかる。
でも、ブリックがここまで疎まれるのは「正義をかさにきた横暴」であって、「市民のための正義」ではないから。
何故風紀が乱れるのか。抑えつければ解決するものではない。みんなささやかな幸せが欲しいだけなのに、なぜ争い合うのか。なぜイライラしているのか。なんかツイッターでよく見るギスギス感に似ている気がした。

  • この間まで子供だった娘が身体を売る。賭け事など、手っ取り早く金を稼ぐことばかり考えている。

このくだり、現代にもそのまま通用する気がする。買春で捕まるニュースが最近よく聞かれるけど、それだけ簡単に中高生を買える場があるということなんだよね。
手っ取り早く稼げるに越したことないじゃん?何が悪いの?って開き直られたら、どう答えるのが正解なんだろう。
娼婦の客引きは取り締まられる、風俗業はOK、競馬もOK、チケットの高額転売はグレー、古物商がプレミア価格で売るのはOK。何が良くて何が悪いのかを判断するのは難しい。

  • 働くとは物乞いしないこと。仕事が欲しい人と、仕事をしない人。

「働くとは何か?」という命題については個人的にずっと考えているので、この点はすごく気になった。
働かせて欲しいとニックの店にやってくる者、不本意ながら警察官として働き続けている者、身体を売る者、金は潤沢に持っている社交界の夫婦、働かずずっと酒を呑んでいる者、その者から衣食住の世話をしてもらう者。
トムはキティに恋をして「お金が欲しい、働きたい」と言い始める。それまで3年間衣食住の世話をしてやっていた(であろう)兄貴も、積極的に働き口を探してあげる。兄貴は働いていないからと言って、働くことを馬鹿にしているわけではない。
兄貴は、働かなくても金が入るし今は働いていないけれど、それに引け目を感じているようにも思える。
社交界の好奇心旺盛な奥様は、無邪気に安酒場に来て顰蹙をかう。悪意はなくて、本当に無邪気な好奇心だけなんだろうけど。法外に高い(のであろう)シャンパンにもポイと金を出す。でもそのお金は誰のお金?

  • ピアノやタップでお金をもらうこと

下働きでも何でもやると言って店に来たウェスリーと、コメディアンとして雇ってほしいと言って店に来たハリーは、ピアノとタップを評価されて雇ってもらうことができた。
2人ともこれだけの腕前なのに、なぜ最初からピアノやタップで稼ごうとしなかったんだろう。ウェスリーはピアノがお金になるとは思っていなかったし、ハリーはヴォードヴィルで人を笑わせたいという別のやりたいことがあった。
自分にはどんな仕事が向いてるだろう?何がしたいだろう?と考えることもあるけど、自分の意志と周りの評価って違うし、評価がお金になるよね。
戦争直前の緊迫した日常を音楽とダンスが癒してくれる、それにお金を払える、ということの有難さ。

  • 若く美しい放浪者

結局、兄貴ってどんな存在なんだろう?
風貌も立ち居振る舞いも基本ジェントルだけど、トムやニックに対して乱暴な口の利き方をするので、生まれもって高貴な身分だったわけではないみたい。下町生まれのミュージカルスタアまーくんさんにはピッタリの役だったかもしれない。
「誰も傷つけずに生きてみることを試している」という台詞があった(らしい。他の人のレポによると。もう記憶が…)
社会的弱者に対して罪悪感を持っていて、苦しんでいる人には優しくしてあげたいと思っていそう。ステスクのレポには「天使」と書かれていたので、天使ということにしておこう。
ブリックを撃ち殺しそこねたのも、兄貴にブリックを傷つけさせないための神様の思し召しかも。ブリックのこと、本当に許せなかったんだろうな。
金も知識も、人を豊かにするためにあるのであって、他の誰かをマウンティングするためにあるわけでないな、ということを考えさせられたりした。
ブリックが居なくなり、トムは仕事を見つけ、ニックの酒場には新たな日常が訪れる。兄貴の新たな日常はどこにあるのだろう。
放浪者というからアラブの彼っぽい風貌を想像していたけど、街に縛られない暮らしをしているというだけのこと。宮田さんがキャスティングにおいて「エレガントさ」を求めたというのも納得である。適度に胡散臭く、適度に人間味があって、適度に優しい。魅力的な兄貴だった。

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難しい脚本、と散々聞かされていたから、ちゃんとストーリーを理解できるのか心配でしたが、一回観ただけでもだいたいのところは分かった気がします。世界情勢とか地理とか歴史的なこととか、私は本当に知識がないので、細かいところは理解しきれてないだろうけど、ニックの酒場に集まる人たちが抱えている問題についてはザックリ分かったつもり。
私でこれだけ分かるということは、おそらく観客が分かるように演技で伝えてくれたからなんだと思うのですよ。
私は脚本を読んでいないけれど(今回の上演台本は新訳だから出版されていないし)、演技を観た後で脚本を読むとフムフムと思っても、演技を観ずに脚本だけ読んだらどんな会話になってるのかもサッパリ見当がつかないものなのでしょう。
難しいはずと思って観たから意外と難しくなく感じたのか。普段から浅い知識で生きてるので、いちいち細かいところまで気にせずフワッと理解して納得するクセがついてるのが良かったのか。でも、酒場で居合わせた人たちの言動をいちいち細かいところまで理解しようなんて思わないじゃないですか。だからそれでいいんじゃないかなと思ってます。

*1:ここで言う「グローブ座」は劇場名ではなく舞台製作会社として